仙台高等裁判所 昭和61年(ラ)85号 決定
抗告人
株式会社徳陽相互銀行
右代表者代表取締役
早坂啓
右訴訟代理人弁護士
渡邊大司
相手方
株式会社山源
右代表者代表取締役
山本晋平
相手方
山本晋平
相手方
山本陽一
右訴訟代理人弁護士
玉生靖人
同
本井文夫
同
真鍋能久
相手方
髙橋鶴清
右訴訟代理人弁護士
石橋一晁
主文
原決定を取消す。
相手方山本陽一の移送申立を却下する。
理由
一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状(写)記載のとおりである。
二一件記録によれば、本件訴訟は、仙台市に本店を有する抗告人(原告)が、大阪市に住所を有する相手方株式会社山源(以下「山源」という。)、神戸市に住所を有する相手方山本晋平、大阪府堺市に住所を有する相手方山本陽一、大阪市に住所を有する相手方高橋鶴清を被告らとして提起したものであり、その請求の内容は、抗告人が昭和五六年一〇月三一日に相手方山源に対し三億円を貸付け、その余の相手方らは抗告人に対し相手方山源の右債務の連帯保証をしたとして、右元金とこれに対する遅延損害金の支払を求めるというものであること、抗告人はこれを立証するために甲第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証を提出し、人証として仙台市に住所を有する証人二名の申出をしていること、これに対して、相手方山本陽一は、連帯保証の事実を否認し、相手方山本陽一の三億円の保証は、相手方山源が抗告人から大阪府富田林市に所在する土地の買収資金として融資を受けることに対する保証としてこれをしたものであるが、抗告人の本件貸付はこれとは全く無関係な別系列の貸付であるというものであること、本件貸付は、抗告人の大阪支店が取扱をしたものであるが、右大阪支店は昭和六〇年四月二二日に東京支店大阪出張所に種類変更され、昭和六一年五月三一日をもつて右出張所は廃止され、その諸勘定は東京支店に継承されたものであること、本件に関しては、相手方山本陽一らが抗告人に差入れた昭和五六年一〇月三一日付の極度取引別保証約定書(甲第二号証の一。その保証人欄に記載されている相手方山本陽一の署名押印が真正なものであることについては争いがない。)があり、その中には、この約定に基づく諸取引に関して訴訟の必要を生じた場合には、抗告人の本店又は支店の所在地を管轄する裁判所を管轄裁判所とすることに予め合意する旨の条項が存していること、以上の事実が認められる。
ところで、右極度取引別保証約定書による管轄の合意が、いわゆる専属的管轄の合意であるのか、あるいはいわゆる附加的管轄の合意であるのかは必ずしもいずれとも断定しがたいところであるが、右がいわゆる附加的管轄の合意である場合はもとより民事訴訟法三一条により、仮にそれがいわゆる専属的管轄の合意であるとみられるとしても、同条の法意に照らして訴訟につき著しい損害又は遅滞を避けるためには、これを他の法定の管轄裁判所に移送することも許されるものと解するのが相当である。
そこで、進んで、本件訴訟を前記法条により本阪地方裁判所に移送する必要があるか否かを検討するに、本件訴訟の事案の概要は前記のとおりであること、相手方山本陽一からは、乙第一号証が提出されているほかは、反証のため申出を考えている人証はいずれも大阪の近郊に居住しているものであり、抗告人の側で予定している証人の数よりも相手方の側で予定している人証の数の方が多く、本件訴訟は長期化が予想され、抗告人と相手方らとの訴訟費用の負担能力、訴訟の追行能力には天と地ほどのひらきがあるということをあげているにとどまるものであることに鑑みれば、訴訟につき著しい損害又は遅滞を避けるために本件訴訟を大阪地方裁判所に移送する必要があるとは認め難く(大阪の近郊に居住している人証については嘱託による証拠調も可能である。)、原裁判所において本件の審理がなされた場合に相手方らに生じる負担が、大阪地方裁判所に本件を移送することによつて抗告人に生じるそれに比し特に重いものであるとも認められない。
三よつて、これと結論を異にして本件訴訟を大阪地方裁判所に移送するとした原決定を取消し、相手方山本陽一の本件移送申立を却下することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官輪湖公寛 裁判官武田平次郎 裁判官木原幹郎)
別紙 抗告の趣旨
原決定を取消す。
相手方の移送申立を却下する。
抗告の理由
一、原決定は「原告と被告らとの各取引は原告大阪支店が取り扱つたもの、被告側の関係者は大阪周辺に住居している、被告山本陽一、同高橋鶴清の各訴訟代理人の事務所所在地はいずれも大阪市内である等から、本件口頭弁論期日に当裁判所に出頭することは費用、時間の点から非常な負担となる、被告山本晋平は多発性関節リウマチを患つており同被告にとつて遠方の当裁判所に出頭することは肉体的にも非常な困難を伴う、同被告からは従前二回にわたつて右病気を理由とした期日変更方の申立てがなされており、今後もそうした状態が繰り返されて、口頭弁論期日の変更ないし延期を余儀なくされ訴訟の遅延を招くおそれがあるのではないかと懸念されるので、被告側の著しい損害及び訴訟の遅滞を避ける必要があると認められるから民事訴訟法第三一条に基づき本件を他の管轄裁判所である大阪地方裁判所に移送するのが相当である」と認定しているが、しかし、かような結論を下すためには、当事者双方の立場や、訴訟の内容、進行程度等、を考慮して考えなければならないものと思料するが、原裁判所は被告側からの答弁(事実について)、主張もなく、まして立証にも入らない前に今後の開廷数、立証方法等を予測して移送を決定したのは相当でない。
二、本訴訟請求は被告等に対する昭和五六年一〇月三一日の貸付金の請求であるが、
(イ)、被告株式会社山源(借り主)同山本晋平(山源の代表取締役であり連帯保証人でもある)は既に三回の口頭弁論期日が指定され、原告より書証等が提出されてあるのに、事実関係についての答弁がなされていない。
被告山本晋平が病気のため第一、二回の口頭弁論期日の変更申立をしているが、右期日変更とは関係なく答弁、主張等は可能な筈である。しかも第三回の期日には出頭して弁論をしているが事実関係については答弁も主張もしていない、答弁、主張如何によつては右期日で訴訟を終了させることも可能であつたものである。
仮りに事実関係を争い証人等を尋問する必要があつたとしても証人の管轄裁判所に嘱託して証拠調をなしうるものであり、本件のごとき事案において嘱託尋問をもつては格別心証を得がたいとは考えられない。
(ロ)、被告山本晋平が、第一、二回の期日を病気の理由で変更しているが、しかし大阪地方裁判所へなら出頭して弁論ができたものとの保証は全くない、原裁判所の右変更についての認定は単なる推量に過ぎないものである。
三、
(イ)、被告山本陽一、同高橋鶴清は昭和六一年五月に訴訟代理人を選任し、事実関係について答弁し、いずれも連帯保証を否認しているが、立証の申出は、いまだしていない、仮りに大阪に所在する証人等を尋問する必要があつたとしても、これも前項同様管轄裁判所に嘱託して証拠調をなしうるものである。
(ロ)、また費用がかさむとしてもそれは訴訟代理人の出張旅費等だけであるから、大阪と仙台間の交通事情からいつても移送しなければならない程の費用及び遅滞を生ずるものとは認められないものである。
(ハ)、更にまた連帯保証を否認しているのであるから、先づ原告において立証をつくすことになるが、それらの証拠方法は既に申出のとおりすべて仙台地方裁判所管轄内の在住者である。
四、被告山本陽一については大阪地方裁判所は法定管轄裁判所ではない(同被告の住所は和歌山県である、甲二号証ノ一、二、甲第三号証)法定管轄裁判所以外に移送する場合は著しい遅滞を避ける公益上の必要がある場合に限られるものと思料するが、同被告について、そのような必要が認められないのである。
五、以上からして、原決定は民事訴訟法第三一条の移送の要件に該当しないものとして取消さるべきであり、相手方の移送申立はその理由がないものとして却下さるべきものであると考えるのでこの申立に及ぶ。